(前)浜松市議会議員 山本りょうたろうの活動ブログ

山本りょうたろうの活動の様子や想いを日々更新しています。浜松市民の方も、そうでない方も、ぜひチェックしてみてください。

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つぎのせんきょはどうするの??

昨日書いた区の再編ブログが予想以上にアクセスをいただき、
また多くのコメントもいただきありがとう御座いました。

ブログの最後に「しばらくは区の再編テーマで行く!」
と連載宣言しておきながら、
早速脱線します。
あるあるでごめんなさい。

しかし、
区の再編を語る上で、私の中では大切な要素の一つです。
ちょっとだけ、この一年を振り返らせてください。

第二子が生まれました

ブログを休んでいるうちに、次男が生まれました。
人の心を大切に、進んでいって欲しいという願いから
名を山本進仁郎と名付けました。

去年の11月のある日、私は決心しました。
「市長選に出る。」

その気持ちを幹部に伝えると、トントン拍子で話が進み、
その翌週には出馬の記事が載りました。
更にその翌週、
妻のお腹に次男がいることがわかりました。

家族で話し合って
選挙も出産も頑張ることにしました。

・・・
その矢先、
妻の元にこんな手紙が届きました。



あら可愛らしい封筒、女性の文字
ハートもついてる(*´∀`)☆彡

当然ながら妻は疑うことなく開けます。
すると中には私がどれだけ酷い人間かが書いてありました。
まるで官能小説を読んでいるかのような過激な内容。
ご丁寧に便箋3枚にびっしり。

その翌週に同じような内容の手紙が、
市議や自治会長、私の後援会の方々のもとに一斉にばらまかれました。
同時に始まった妻に対する嫌がらせ、
深夜の無言電話、誹謗中傷のチラシ。
噂の流布、ストーキング

それらは選挙が終わるまでずっと続きました。

私は思いました。
(これが大型選挙か)

私は自分のことなのである程度覚悟はできていました。
ただ、妊婦で心身ともに不安定な妻には、
あまりにも大きなストレスだったでしょう。
明らかな不調が続きました。

こんなこともあって、
選挙が終わって次男が無事誕生してくれた時には
何とも言えない感謝と感動でした。


何が言いたいのか

・・・そう、これです。

別に同情していただきたい訳でも、
認めていただきたい訳でもありません。

ちなみに、念の為お伝えしたいのですが、
上記の執拗な激励は、選挙の相手陣営ではありません。
戦わせていただいた2名の候補の方々は、
人としてそんなことをする方々ではないからです。
恐らく、私を激励したいどなたかがやってくれたのだと思います。

では
何を言いたいのか

それは
攻めるしかなかったということです。

なんでわたしが市長選に?

去年の11月の時点で、
私はとても市長選を戦える候補ではありませんでした。

若すぎるという批判、市議1期だけの経験不足、
組織なし金まったくなし。新婚&乳飲み子ふたり。

当時自民党の中には市長選候補がおらず、
デッドラインとされている期間を過ぎていました。
「今までの12年間同様、市長選挙にはならないのか」
私はそう思っていました。

議会と行政は様々な面で対立していました。
例えば「水道一部民営化」「3区での再編」

このまま誰も立てず、今まで通り現職市長の信任投票で行けば、
それらの公約が果たされる方向に向かうことは
市議1期目の私から見ても明らかでした。

ではどうするか、私は考えました。
いまの流れを変えるには
誰か出るしかない。

でも誰も出たいわけはありません。
ご存じの通り現職は、めちゃくちゃに選挙強いです。
地元の経済界がバックアップしていて、知名度もある。
「誰が出ても厳しい」
事前調査でもはっきりと示されていました。

(誰も出ないのか…)
(でも現市政の方向性はまずい)
(でもでも無職になったら生活はどうする)
(...でもこのまま行けばこの子達の未来はどうなる)

あぁぁぁぁぁ
出るしかない。

・・・
まるで政治家がよくやる美談トークですが、
1年前の私は本当にこの考えに至ったのです。

そして落選という申し訳ない結果となりましたが、
3区案の否決と水道一部民営化の棚上げという結果となりました。
これが私の挑戦がどれだけ関わっているかはわかりませんが、
誰も戦わないよりは、よかったのかなと思っています。

「次はどうするの?」

落選からの半年間、毎日のように聞かれた言葉です。

確かに、去年の10月の時点では
私はとても市長選を戦える候補ではありませんでした。
しかし、出馬を表明した瞬間から、
戦っても良い候補になったと勝手に思っています。

候補者の質としてはまだまだです。
ただ、ひたすら批判をしたり、美辞麗句を並べるだけではなく、
挑戦ができた。

選挙は負けましたが、
恐怖や圧力を乗り越えられたというのは大きな自信となりました。

政治に限らず、社会には様々な恐怖や圧力が存在します。
この浜松を変えるには、それらに屈しない心、
そして「本気で変えたい」という気持ちが不可欠です。

次の選挙どうするのか、
これは正直
わかりません。

いまから5年前、
政治に漠然とした不信感があり、投票したい人が見えなかった、
文句を言っているだけではかわらない、
そんな気持ちを持ち脱サラして飛び込んだ世界。
そして今回の選挙で、浜松の流れを変える必要を強く感じた。
でも変えてくれる人が出てくれなかったから、
守るためには攻めるしかないと思って、市長選に立候補をした。

本心を言えば、
私は市長になりたい訳ではありません。
浜松の未来がよくなれば、こだわりはないのです。

浜松の未来を明るくしてくれるリーダーが現れるのが理想です。
今回の選挙時点では、残念ながら勇者がいなかった。
だからこそ次回は、そんな勇者が現れてくれると嬉しいです。

もがもがもが

私は今、必死にもがいています。
ゴールは今のところ見えません。
ただ、誰よりも浜松を回ろうと活動しています。
まだまだまだかいた汗の量は足りません。

4年間かけて更に強くなって、再挑戦する。
「誰よりも浜松の未来を思っている」
そんな自信をつけていきたいです。

そんな期間を経て、
その時点で市民にとって、
浜松の未来を託せるリーダーが現れないのであればそれも一つ。
他に適任者がいるのであればそれも一つ。

次の選挙、現職が続投するかもしれないし、しないかもしれない。
ただもし市長が引退するのであれば、
市長選に手を上げたいひとは山ほどいるでしょう。勝ち目がありますから。

ただわたしは、あくまで個人的には、
勝ち目のある勝負しかできない人を、リーダーだとは思いません。



市長選に再挑戦する
とは明言できませんが、
誰よりも浜松のことを考えられるよう
日々全力で修行していきます。
浜松の明るい未来を、人生をかけて切り開きます。


・・・・・

長い!!

おやすみなさい。


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山本遼太郎

静岡県浜松市の若手政治家。
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