プロフィール

山本 遼太郎

やまもと りょうたろう

昭和61年4月30日生まれ  AB型

山本遼太郎

経歴

小学校 引佐町立渋川小学校
中学校 引佐町立北部中学校
高校 静岡県立浜松商業高等学校 経理科
大学 早稲田大学 教育学部 社会科 社会科学専修

職歴

~2014年 株式会社キーエンス
2015年4月 浜松市議会議員選挙 7,400票で初当選(28歳)

人物

趣味 自転車、旅行、ダイビング、温泉
好きな食べ物 タイ料理・クロワッサン
好きな歌手 中島みゆき・MCZ
好きな漫画 弱虫ペダル、SLAM DUNK、すごいよ!!マサルさん
尊敬する人物 坂本龍馬
座右の書 「竜馬がゆく」司馬遼太郎
座右の銘 おもしろきこともなき世をおもしろく
こだわり コーヒー豆、シャンプー、枕、みみかき
長所 独創性・若さ
短所 独走性・若さ

誕生~幼少期

  • 昭和61年4月30日、薬種店「山本商店」の長男として誕生。
    場所は浜松市北区引佐町渋川(当時は引佐郡引佐町渋川)。
    周囲を山と川に囲まれた自然豊かな町で育った。
  • 薬種店と言っても、いわゆる「なんでも屋さん」。
    薬だけでなく衣料品や布団、栄養食品も扱う商店。
  • 祖母からお店の龍角散・南天のど飴・VICKS・仁丹など、のどあめをもらうのが楽しみだった。
    このおかげで、「大声を出しても枯れないのど」ができた。
  • 祖父と村櫛や海釣り公園へ釣りに行くのが日課。
    近所の幼なじみとも、毎日のように川へ魚採りに行っていた。
  • 大自然の中で育ったにもかかわらず、昆虫は今でも苦手。
    ワシャワシャ動くものが無理。
    カブトムシの裏側やエビの裏側、カニの裏側・・・
    一番苦手なのはカブトガニの裏側
  • 絵本を読んでもらうのが好きだった。
    好きな本は「めっきらもっきらどおんどおん」
    怖かった本は「モチモチの木」

    めっきらもっきら どおんどん (こどものとも傑作集) モチモチの木 (創作絵本6)
誕生~幼少期

小学校時代

  • 引佐町立渋川小学校を卒業。
    全校生徒60人という小さな学校でゆったりと育つ。
  • 父親と一緒に山や海へ行くのが日課。
    自然や環境について考える機会に恵まれていた。
  • 休日に母親と浜松駅まで来て「イトーヨーカドー」や「松菱」で買い物をするのが本当に楽しみだった。
    この頃の思い出が、今の「浜松を活性化させたい」という気持ちにつながっているのだと思う。
  • 祖父が髪を切ってくれていた。
    6年間のほとんどを、おかっぱ頭で過ごす
  • 渋川小学校は平成22年をもって閉校。
    閉校式ではステージイベントに出演
小学校時代

中学校時代

  • 引佐町立北部中学校を卒業。
    全校生徒100人弱という小さな学校でのびのびと育つ。
  • 野球部に所属し、副主将を務める。
    不動の「2番セカンド」。
    調子によっては8番9番も打つ。
    引退試合はベンチだった。
  • 研究を重ねた独特のバッティングフォーム。
    当たれば1塁線に痛烈なファールボールが飛ぶ。
    守備が苦手で、ボールを勘で取る動きから「神取忍」というあだ名がつく。
  • おしゃれに目覚める。
    学生服の下に着ていたシャツの素材から「タオル」というあだ名がつく。
  • 中学生のディベート大会で優勝。
    当時から、ある議題に対して徹底的に話し合うのが好きだった。
  • 生徒会長を務める。
    当時は10人を前に話すだけでも緊張して震えた。
    自分が関わった学校行事などで、みんなが楽しそうにしている状況に何とも言えない満足感を覚える。
中学校時代

高校時代

  • 静岡県立浜松商業高等学校経理科を卒業。
    全校生徒1000人という状況でビシビシと学ぶ。
  • 2年時から生徒会長を三期連続で務める。
    集団社会の面白さや難しさに興味を持ったきっかけ。
    生徒会での活動が、今の「人前で話すときに緊張しない私」につながっているのだと思う。
  • 新聞部所属
    簿記部の部活見学に向かう途中、3年生の先輩4~5人に囲まれて褒め倒しにあい仮入部。
    そのまま新聞部に入部。不定期でコラム欄を担当。
  • 応援団所属
    当時はクラスで一人応援団を出さなければいけなかった。
    仲の良い友人がじゃんけんで負け入団、じゃんけんに勝った罪悪感から私も入団。
    「応援団」との出会いが、今後の応援人生の始まりとなった。
  • 2年時にアクトシティ浜松で行われた「早稲田大学応援部ステージ」を見て心を奪われる。
    この応援団の団長になりたいと強く思った。
    翌日、進路希望を就職から進学に変更。早稲田大学を目指すこととなる。
  • 奇跡的に現役合格、生まれ育った浜松を離れ、上京する。
高校時代

大学時代

  • 早稲田大学教育学部 社会科社会科学専修。
    東京では新宿区・練馬区・西荻窪(杉並区)・王子(北区)に住む。
  • 応援部に入部
    授業も学生服、休日も学生服、大学時代の全てを捧げる。
    坊主禁止であったため、下級生時代は前髪だけを残した「大五郎カット」で過ごす。
  • 部活で全国各地を周る。
    社会人時代も含め、全国46都道府県(沖縄以外)を訪れた。
    各地での興奮・驚き、それらが地方の活性化に興味を持つきっかけとなる。
  • 4年時に主将となり、高校時代からの夢が実現する。
    アクトシティ浜松での引退公演では自然と涙がこぼれた。
    心から、浜松で生まれ育ったことを誇りに思った。
    この時に「浜松に戻ってきたい」と決意した。
  • 勉強が好きすぎて留年。
    4年間は部活一筋だったため、引退後は「自分の限界」を上乗せしたいと考え、様々な活動をした。
  • 最も早稲田らしい学生を決めるコンテスト「早稲田王決定戦」で優勝する。
  • 「仙台~東京笹かまウォーク」を実施。
    仙台から東京まで1日80キロ「笹かまぼこ」だけを食べて歩き続ける、空腹・不眠・不休の5日間。自分の限界と日本のありがたさを知る。
  • 私「桜島が見たい」、友人「自転車に乗ってみたい」という理由でロードレーサーを購入。翌日から東京~鹿児島を縦断。一気に自転車が好きになる。
  • Vリーグサポーターとして、バレーボールで全国を周る。
    地方によって文化も県民性も様々だと実感。
大学時代

社会人時代

  • 「人に伝える力をつけたい」
    「日本のものづくりを考えたい」

    そんな思いから営業力の強化で有名な株式会社キーエンスに入社。愛知県豊田市に配属される。
  • 岡崎市、蒲郡市地区を担当。
    2年目からは自動車メーカーの本社工場も担当し、技術の最先端に触れる。
    日本の技術力、日本人の「力」を実感。
  • 変位センサー(1ミクロンの違いを瞬時に計る機械)や除電器(風を一瞬あてるだけで静電気が取れる機械)で工場ラインの自動化を提案。生産現場の生の声を聞く。
社会人時代

現在

  • 「浜松を、もっともっとおもしろくしたい!」
    という思いで政治の道を志す。
    浜松市中区に事務所を設立。
    しがらみや大組織に頼らない、地道な活動で浜松市議選に立候補。
  • 2015年4月の浜松市議会議員選挙にて、7,400票をいただき28歳で初当選。
    現職の3人に次ぐ4番目に多い得票数をえて新人候補者ではトップ当選となる。
  • 会派「創造浜松」に所属。
    環境経済委員会
    新病院・新清掃工場建設調査特別委員会
現在